公開講座『量子コンピュータによる変革』の実施報告

2023-01-11

令和4年10月から12月にかけて、『量子コンピュータによる変革』と題した3回シリーズの講座が、航空工学部の古川靖教授によって、かごしま県民交流センターで実施されました。この講座は、かごしま県民大学中央センターが主催して毎年行われている「かごしま県民大学とことんまなぶー講座」の一環です。

量子コンピュータは、量子力学の原理を応用した次世代の計算機です。従来のコンピュータでは、1ビットの情報は0か1のどちらかです。しかし1量子ビットの情報は0でもあり1でもある「量子重ね合わせの状態」にすることができます。例えば、従来のコンピュータで2ビットの00, 01, 10, 11という2²=4種類の情報を使って4回計算するところを、量子コンピュータでは00でもあり01でもあり10でもあり11でもあるという1種類の2量子ビットの量子重ね合わせ状態を使って1回で計算できるということになります。現在、アメリカのIBM社などは数百量子ビットのプロセッサーを発表しています。そこで、100ビットの場合を考えてみると、従来のコンピュータで2¹ºº =約10 ³º=約1000000000000000000000000000000種類の100ビットの情報を使って約1000000000000000000000000000000回計算するところを、量子コンピュータでは1種類の100量子ビットの量子重ね合わせ状態を使って1回で計算できるということになります。このようなとてつもない並列計算を実行することで、異次元の計算能力を得ることができるのです。

このような量子コンピュータは、無数の組み合わせの中から、最適な組み合わせを見つけ出すという、組み合わせ最適化問題の計算が得意です。この講座では、物流・交通、エネルギー、創薬・医療、材料科学、工場、金融、広告戦略といった幅広い領域で、量子コンピュータはどのような使い方ができるのかを紹介しました。日本も、量子技術に巨額の予算を投じている欧米や中国に置いて行かれないように、巻き返しを図ろうとしているところです。アメリカがシリコンバレーでIT産業をリードしたように、世界各国が量子技術の世界で主導権を握ろうと、し烈な競争を繰り広げています。日本でも川崎市の産業育成拠点「かわさき新産業創造センター」に量子コンピュータを設置し、2021年7月に稼働させました。量子コンピュータは、課題解決を通じたよりよい社会づくりだけでなく、国家の将来の浮沈をも左右するものとして、産官学一丸となって実用化に向けた模索と、将来の量子技術を担うであろう量子ネイティブの人材育成に動き出しているわけです。

本講座では、活用事例のほか、量子コンピュータが実用化されるとRSA暗号が解読される恐れがあるというセキュリティ上の課題も紹介しました。RSAは通信ネットワーク上の暗号化やデジタル署名に広く普及している暗号です。一方、原理的に解読不能な究極の暗号技術として「量子暗号通信」というものがあります。東芝は2020年にその事業化にこぎつけ、この分野で保有する特許数も世界1位とのことです。しかし、中国も量子暗号通信のネットワークを中国全土に広げようと力を入れています。世界シェア争いが激化していくことは必至です。

このように、量子コンピュータの実用化に向けて、“攻め(使い方の模索)”と“守り(セキュリティ上の課題)”の両面からのアプローチが必要になります。特にセキュリティ上の課題に関しては、実用化されてから対処しようとしても遅いので、差し迫った課題です。

また、本講座の受講者からは「量子コンピュータの概要がわかった」「量子コンピュータの現状と展望以外にも、量子力学における「量子もつれ」などのトピックがよくわかった」などの声もいただきました。量子もつれで互いにもつれ合った量子ビットたちが、一致団結して一つの目的に沿って計算を進めるのが量子コンピュータです。今年のノーベル物理学賞は、量子もつれの存在の実証に対して与えられました。かつて量子力学の黎明期に、アインシュタインらが量子もつれのような奇妙な現象(EPRパラドックス)を予言する量子力学は正しいはずがないと批判しましたが、そのような奇妙な現象が実際に起きることが実験的に示され、量子力学に軍配が上がったのです。マクロな世界に慣れてしまった私たちには、ミクロな世界の物理法則である量子力学は大変奇妙な性質を持っているように見えます。しかし、それこそが自然界の根源的な性質なのです。理解しがたくとも、受け入れて、利用していかなければなりません。

 2023年度予算案が閣議決定されというニュースが報道されています:

「文部科学省は、量子コンピュータとスーパーコンピュータ「富岳」を組み合わせて高度な計算を実行する基盤技術の開発に新規で23億円を計上した。両方のコンピュータが得意な分野を分担して計算することで、全体の計算能力を高める。経済安全保障の強化や地球規模の生態系予測など社会課題の解決に向けた幅広い分野で活用でき、研究DXの強化につながる。」「総務省はDX分野に力点を置く。量子関連では、グローバル量子暗号通信網の構築に向けた研究開発事業に15億円を計上。量子コンピュータの出現で、これまでの暗号の安全性の破綻が懸念されていることを踏まえ、国家間や国内重要機関間の機密情報のやりとりを安全に実行できるようにする。新規で盛り込んだ、量子インターネット実現に向けた要素技術の研究開発事業には25億8000万円を充てる。将来の量子コンピュータの大規模化や量子暗号通信の高度化に向けて、量子状態を維持し、安定した長距離量子通信の実現につなげる。」(日刊工業新聞 2022年12月26日)

ということで、量子技術の分野に、新規で予算が計上されることになりました。日本の巻き返しに期待したいところです。

(社会・地域連携センター)